キャリア

《 キャリアログ4 》毒親について2

キャリアで迷走していたオオカミのログです

オオカミさん
オオカミさん
内容が自分にあわないと感じた人はbackしてね

経験談(高校生編)

ということで、高校生編です

前回の記事はコチラ

《 キャリアログ3 》毒親について1毒親についての記事です。特徴と経験談(中学生編)を書いています。...

・・・高校生になってより感じたこと

それは、『未成年であることのもどかしさ』です

高校へ入学した私は、まず自分の将来について改めて考えました

元々、法律関係へ進むことを第一候補にしていたのは、親の期待に添うためでした

小さい頃から司会やナレーションをすることが多かった私は、次第に『ナレーター』に憧れるようになりました

しかし、両親は『堅実に』を私に求めていたので、その憧れには早々に蓋をしていました

ですが、『出来損ない』と言われ存在を否定された私は、

「では最早好きなことをしてもいいのでは?」

と感じ、試しにナレーターや声優を養成している専門学校へ通うことに決めました

当然費用もかかるので、自宅近くのスーパーでアルバイトを始め、高校と専門学校とアルバイトの三足のわらじ生活をスタートさせました

正直、両立は大変でしたが、その分とても充実した日々でした

特に専門学校は、今まで出会ったことのなかった『夢を追いかけるキラキラした人たち』がいっぱいで、暗いものを沢山見てきた私にとって、それはとても新鮮で

「あぁ、なんて生き生きしているんだろう」

と、眩しく感じ、刺激を沢山もらいました

家で過ごす時間はかなりのストレスで、いつまた暴力を振るわれるかと戦々恐々としていたので・・・(暴言は最早日常レベル)

とりあえず、つかの間の平穏を守るべく、成績も文句を言わせないレベルを維持

自分の生きる世界が壊れてしまわないよう、守ることに必死でした

2年生になってからは、いったん専門学校を辞めてバイトと成績の維持に努めていました

そうして徐々に近づく進路問題

恐らく、中学3年生のようなことがまた起こる可能性が高かったので、私は今のうちに自分の将来をしっかりと考えておく必要がありました

そんなこんなで進級した高校3年生

そこで私は、こんな風になりたいと思う先生と出会いました

荒れに荒れた高校3年生を無事乗り越えられたのは、その先生が居てくれたおかげです

もちろん、親友とテイルズの支えもありましたが・・・

その先生は私のクラス担任となり、主に社会(世界史・公民)を教えてもらっていました

先生の授業はとても為になり、学んでいて面白かったので、自由選択科目で世界史を追加するくらいでした

自分をしっかりと持っていて、歯に衣着せぬ物言いが話していてとても気持ちよく、

また他の先生は長いものに巻かれる中、理不尽なことにも立ち向かう『強さ』を持つ先生でした

すごく憧れました

「なんてカッコいい生き方なんだろう」

別にヒーローのような正義感がどうこうとか、その考えが正しい正しくないという話ではなく、ただ自分の『正義』を貫くその生き方がカッコいいと感じました

考え方がとても論理的で、

「あぁ、そういう考え方もあるのか」

と、いつも学ばせてもらっていました

だんだん、

「父親の考えが正しいのではないか?」

という思考に陥ってしまいそうな時も、論理的・客観的な意見を私に伝えてくれて、おかげで私は父のお人形になることを防げました

そんな先生とは、本当に色々なことを話しました

当時、法律関係に進むかナレーターを目指すか悩んでいた私は、先生と接するうちに

「やっぱり法律関係の分野に進みたい」

と思うようになりました

先生は、とある難関私立大学の法学部出身で、私の学力であれば合格も難しくないということで自身の母校を勧めて下さいました

私はそれが後押しとなり、その大学で法律関係を学び、裁判官を目指したいと思いました

※そもそも何故法律関係の仕事に就きたかったのかは、『いじめ』の話と連動してくるので今回は割愛します

※裁判官を目指したいと思い至った経緯も、今回は割愛します

そうしてついに事件は起こりました

そう、GWです

本来であれば楽しい楽しい休日

しかし、私にとっては地獄の休日となりました

21時、バイトが終わりヘトヘトになって帰宅した私

そこで父親に声をかけられました

ココから、深夜2時にまで及ぶ家族会議という名の戦いが幕を開けました

議題は『私の進路について』

私は大学に行きたい旨を伝えました

すると、

「大学には行かせん!!!」

いきなり私を怒鳴りつけました

理由を尋ねると、どうやらお金がかかるからということでした

中学のときの事件と同じですね

奨学金を借りる話をしても、

「それは借金だから許さん!!!」

の一点張り

私が借りて働いて返していく旨を伝えても同じ(まぁそもそも奨学金は私が借りて返すものであって、親は関係がないのですが・・・)

※因みに、高校には自分で奨学金を借りて進学しました(流石に中卒はまずいと思った模様)

その上、高校卒業後の進路は自由に決めていいと言うから高校は諦めたのに、結局そんな約束は無かったことに

「そんな約束はしていない!!!」

とのこと

・・・まぁ正直予想してはいました

この父親が約束を守るなんて思っていませんでしたし

ただ、母親に泣きながら

「高校卒業後の進路は自由にできるように説得するから、今は我慢してほしい」

と言われ、しぶしぶ従った感じだったので・・・

ただ、心のどこかで期待もしていたんだと思います

「もしかしたら、中学のときみたいにはならないかもしれない」
「きちんと話し合いができるようになっているかもしれない」
「母親の説得が成功しているかもしれない」

そんなことあるわけがないのに

中学3年生~高校3年生にかけて、何も進展していなかったのだから

相変わらず暴言しか吐かれていなかったのだから

甘い、甘すぎる幻想ですね

母親は

「話が違う」

と必死で反論していましたが、父親は暴言と暴力で自分の意見を押し通すことにしたようでした

こちらがいくら論理的かつ冷静に話をしても、強要されるままに土下座をしてお願いしても、一切意見を曲げる気ナシ

因みに、私は土下座をして大学に行けるなら安いものだと思ったので、もはや屈辱も何も感じませんでしたww

それまでにもさせられたりしていましたしヽ(゚∀゚)/

しかし、母親は何とかしようと言葉を発し、その度に争いは激化

私は、自分の心がどんどん冷えていくのを感じました

そこで、私は半ば諦めた気持ちである質問をしました

「じゃあ、私が大学に進学しなかったとして、その後はどうすればいいの?」

大学進学がダメということは、私をどこかに就職させて働かせたいのかと思いました

ですが返ってきた返答は・・・

「俺の言うことだけ聞いて生きろ」
「何もするな」

・・・え?

どういうこと?

何もするなって??

じゃあ卒業後は働きもせず、ずっと家に居ろってこと?

それだけ「お金」「お金」言うのに???

・・・本気で意味が解りませんでした

ただ、1つ分かったこと、それは私が

「大学へ行かない」

と宣言するまで、この暴言と暴力の嵐は収まらず、母親の泣きそうな声も止まないということです

・・・正直、私は疲れてしまいました

バイトで疲れて帰ってきて、深夜まで拘束されて、暴言を吐かれ殴りかかられ物を投げられ

もううんざりしてしまったんです

私は、この進展もなく、出口が決められている堂々巡りの不毛な家族会議を終わらせることにしました

そうして私の大学進学の道は絶たれました

・・・・・・ほんと愕然としました

私は何て力のない、弱い存在なんだろうと

自分の生きたいように生きられない

存在を否定され続ける

気に食わなければ力で訴えかけてくる

母親が泣きながら謝ってくる

自分を責めながら、嘆きながら

母と妹をまるで人質に取られているような感覚

親戚は周囲の大人は、

「お父さんは娘を愛するが故にそういう態度を取っているだけ」
「あなたは愛されている」
「きっとそのうちわかってくれる」

という

ふざけるなふざけるなふざけるな!!!

なんで私の人生なのに私が決められないの?

なんで私の存在を否定するのに束縛するの?

なんでこんなことをされているのに家を出てはいけないの?

早く家を出たい一刻も早くこんなところから逃げ出したい

謝らなくてもいいから、お願いだから私をこの家から解放してほしい

争うくらいなら私の話をしないでほしい

それをされる度に私は・・・泣きそうになる

愛していたら何をしても許されるのか?

暴言を吐き続けても、暴力を振るい続けても許されるのか?

「きっとそのうちわかってくれる」

って?

そのうちって一体いつ?

母に対話を望まれて、3年間ずっと試みた

どんなに怖くても、話してわかってもらう努力が必要だと思ったから

でも・・・

本当に伝わるの?

そのうちわかってくれるの?

私にはわからない

早く大人になりたい

自分のことを自分で決められるようになりたい

部屋を借りるにも身分証明とお金が必要だから

あぁ、なんかもう疲れちゃった

生きているのってなんでこんなに辛いんだろう

もういいんじゃない?

十分じゃない?

楽になっていいんじゃない?

いや、どうせならあれも巻き込めばいいんじゃない?

だって、こんなにも憎くてたまらないんだから

・・・とまぁ憎悪に駆られた私は、

「いいややっちゃえ☆」

というところまで来ていました

しかし、結局行動には移しませんでした

(まぁ移していたら今頃は刑務所<または少年院>かあの世にいる状態で、キャリアコンサルタントなんてやってませんねww)

テイルズで培った価値観や、親友の存在

そして担任の先生の存在が、私に大きく影響を与えました

・・・私は私にとって、『復讐』をすることは価値がないと思ったのです

ココからはかなり個人的な意見になるのですが、

よく、『復讐』の善悪について議論がなされていますが、私はそういう問題ではないと考えています

『一般的に』とか、『常識的に』とか、『相手のために』とか

そういったことではなく、『自分にとってその復讐は価値あるものなのか』が重要なのではないかと思います

『復讐』することが悪いことだとは思いません

だからライトノベル系小説では『ざまぁ系』が流行っているのでしょうし、勧善懲悪の物語が世の中には多く存在しているのでしょう

ですが、良いことだとも思いません

その『善』はあくまでも主人公(自分)目線のものです

悪役から見れば、主人公こそが『悪』なのかもしれません

何を『善』とし、何を『悪』とするのかは、主観の問題ではないのでしょうか?

では、『復讐』を単に良いもの悪いものと肯定・否定するのではなく、自分にとってそれが『価値のあることか』『必要なことなのか』を考えた方が良いのではないでしょうか?

自分が前に進むために『復讐』が必要なのであればすればいい

その『復讐』に費やす時間が、労力が、『価値あるもの』なのであればすればいい

しかし、そうではないのであれば『復讐』することに意味はないと、私はそう思ったのです

ということで、『復讐』するかしないか考えた結果、私の天秤は『しない』に傾きました

私は、専門学校へ通ったことや恩師との出会いで、私の見ている世界は本当に狭いのだと実感しました

そして、

「もう少し生きてその先を見てみたい、どう紡がれていくのか見ていたい」
「私を大切だと言ってくれる友達がいるこの世界でもう少し過ごしてみたい」
「もっと広い世界を見てみたい」

そういう思いから、

『復讐』に時間と労力を費やすくらいなら、もっとキラキラしたものに力を注ぎたい
『復讐』がどうのこうの考えている時間は相手のことを考えているのだから、逆に縛られているのでは?
なら私は、今は耐えて大人になったときに旅立てるように、自分の思い描く、自分に恥じない生き方ができるように、自分磨きをした方が良いのでは?

と考え、無事激しい憎悪から抜け出すことができました

』の私はとても充実した生活を送れているので、あの時『復讐』しなくて良かったなと思います

・・・ということで、その後も家庭内やクラスでも色々ありましたが何とか乗り切り、

大学進学できないことは確定しましたが、腐らずに成績を維持し(なんだかんだ勉強は楽しかったので)、

無事卒業しました

オオカミさん
オオカミさん
さて、卒業後はどうしましょう?

経験談(卒業後編)

卒業後は、アルバイトを継続しながら、『今後、自分はどう生きていくのか』をじっくりと考えることにしました

仕事をするにもあまりイメージがわかず、まずは色々と経験してみることにしました

※裁判官などの法律関連の仕事は、生半可な勉強ではなれないと思ったので、家庭の状況を鑑みて諦めてしまいました

例えば・・・

アルバイトを色々経験してみたり(ホテルでのウェイトレス・コンビニ店員・アパレルのショップスタッフなど)
劇団で声や表現について学んでみたり(ナレーターが本当にしたいことなのか悩んでいたので・・・)
などなど

あとは、相談機関に相談もしておきました

何かあったとき、記録に残っていれば動いてくれやすくなるかなと思ったのです

まずは市役所で相談しました

すると、やはり出てきたのはシェルターの話です

「あぁ、やっぱり私の状況はシェルターレベルなのか」

と、どこか他人事のように感じながらも、どうするか検討しました

しかし私は、シェルターに入ることを選ぶのはできませんでした

シェルターに入ると、保護の観点から自身と外界を断ち切ることになります

当然、母親や妹との繋がりも断ち切ることになります

私には、その『覚悟』が足りませんでした

複雑な心境ではあるものの、母親や妹と関係を断ち切りたくないと思うくらいには、私の中に『情』が存在したのです

結果、私は相談履歴だけ残してもらう形にしました

警察への相談についても、恐らく同じような提案になるだろうとのことだったので、他の相談機関への相談含め見送りました

(それから機会があって、女性警察官の方に事情を説明することができ、記録を残してもらっています)

家に居るのは、いつ害されるかわからないスリリングな感じでしたが、色々工夫をして、成人になるまでの時間稼ぎを行いました

もちろん、急に逃亡しないといけなくなった時のために、一時的な逃亡先の確保はしていましたが・・・

そうして無事成人した私は、家を出る出ないでまた揉めに揉めましたが、何とか脱出することに成功しました

どうやら母に対し、私のことを色々話していたようで、

「失望した」
「早く家を出ていかせろ!!」
「あいつのせいで俺の体調が悪くなる」
「諸悪の根源はあいつだ!!あいつさえいなければ・・・!!!」

といった内容だったようです

実際、口論している場面に出くわしてこっそり聞き耳を立てたのですが、あんまりな内容に愕然としました

「ならお望み通り家を出てやろうじゃねぇか、こっちはもう成人してんだよ」

と思い、家を出ることを伝えると(本当は何も伝えずに家を出ようとしましたが、母親に説明してから出ていくように懇願されて話すことに・・・)、

「出ていくなんて許さん!!!」

はいキタ意味不明~~~っっ

え?

出ていってほしいんじゃないの?

私のせいで体調が悪くなるんでしょ?

諸悪の根源なんでしょ???

本当に意味が解りませんでした

(また暴れ出されると迷惑だったので、宥め賺して相手の要求を一時的にのむことで穏便に終わらせました)

因みに、周囲の大人に(まぁ私も成人していましたが)その話をすると、

「やっぱり父親としては寂しいんだよ~」
「出ていけっていったのはテレカクシみたいなものだよ」
「愛しているからだよ~」

というご意見を頂きました

この辺りから、

「育ってきた環境が違いすぎて、理解してもらうことは難しいんだなぁ」

とハッキリ感じました

幸せな家庭かどうかはわかりませんが、少なくとも親が『暴言』や『暴力』で子を支配するような、そんな関係性の家庭ではないのでしょう

知ってはいてもわからない

どうしても自分の主観で物事を考えてしまいますから、そういう意見になるのでしょう

ただ、正直、言われる方はたまったものではないですね

だって、周りの言う『普通』を、私は映画やドラマでしか知らないのですから

本当、色々な感情が綯交ぜになって、こみ上げてきて、泣きたくなります

まぁ万人に理解を求めているわけではないですし、その『普通』を得ることができる機会もあるかもしれないので、

そういう自分がいることを受け入れつつ、他者を拒絶せず、気長に構えておくのがちょうど良いかなぁと思っています

・・・ということで、理解できないことを父から言われた私は、

「やっぱり勝手に出ていこう」

と思ったのですが、ここで母親が泣きながら、

「出ていくのはもう少し待ってほしい、説得するから」

と引き留めてきました

「はい、またこのパターン」

中学3年生から今まで、この『説得』とやらが上手くいった試しはありません

何故大人になっても拘束されなければならないのか?

最早期待も何も抱いていませんでした

ただ、ここまで私を育ててくれたのは母親です

流石に無下に扱うこともできず、折衷案として、

「○月までに進展が無ければ、何を言われようとも出ていく」

そう約束しました

そうして進展などあろうはずもなく、私は無事脱出を果たしました

オオカミさん
オオカミさん
ということで、まだ続きますww
《 キャリアログ5 》毒親について3毒親についてその3です。コチラがこのネタの最後の記事です。...

まとめ

経験談(高校生編)

高校3年生

そこで私は、こんな風になりたいと思う先生と出会いました

その先生は、私が悪い思考に陥ってしまいそうな時も、論理的・客観的な意見を私に伝えてくれ、おかげで私は父のお人形になることを防げました

当時、法律関係に進むかナレーターを目指すか悩んでいた私は、先生と接するうちに法律関係の分野→裁判官を目指したいと思うようになりました

しかし、大学に行きたい旨を伝えると、お金がかかるから大学には行かせない(奨学金を借りるのもアウト)と、怒鳴りつけてきました

その上、高校卒業後の進路は自由に決めていいという約束は無かったことになっていました

私と母親の意見も全て暴言と暴力で黙らせ、父は自分の意見を押し通しました

うんざりした私は大学進学を諦め、激しい憎悪に駆られて『復讐』に走ろうとしました

ですが、テイルズで培った価値観や親友の存在、担任の先生の存在などが私を引き留め、激しい憎悪から抜け出すことができました

経験談(卒業後編)

卒業後は、アルバイトを継続しながら、どう生きていくのかじっくり考えてみることに

色々チャレンジしたり、相談機関に相談したり・・・

そうして無事成人した私は、家を出る出ないでまた揉めに揉めました

しかし、期限を決めることで何とか脱出することに成功しました

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